2014年2月23日日曜日

岩田雅人という存在

久しぶりにブログを書こうと思ったのは、大好きな選手が引退するからです。

ファイルフォックス府中の背番号4番岩田雅人さん。

自分がフットサルを始めたのが9〜10年くらい前で、まだ高校生の時でした。

競技フットサルを初めて見たのがファイルの試合で、一発でフットサルの虜になりました。

それから何度か試合を見に行くうちに、RAPOSAのメンバーと仲良くなって一緒にファイルを応援するようになって、その応援席である親子と会いました。

偶然にも自分の出身小学校で活動している少年サッカークラブに所属している男の子とそのお母さんでした。

最初は偶然なのかなと思っていましたが、よくよく話を聞いてみると、その小学校で先生をしている方がファイルの選手として活動しているとのことでした。

それが、岩田さんでした。

府中市総合体育館での関東リーグの試合後に初めて話してから、少年サッカーの活動の合間(岩田さんからしたら学校の仕事の合間)に話をさせてもらったりと、フットサル選手の中で初めて色んな話をさせてもらった方です。

フットサルを知った当時、自分自身はアマチュアスポーツに関してほとんど知識がなくて、色んな人がそれぞれの仕事を抱えながらプレーしていたり、名選手と言われる人たちがオフィシャルやボールパーソンをやっていたりと、いろんなことが手作りで作られている関東リーグという舞台がものすごく新鮮で面白く映ったのを覚えています。

その中でも、同じ左利きで、(当時自分は学校の先生になろうと考えていた時期だったこともあって)同じような環境でプレーしている岩田さんをずっと追いかけていました。

去年仕事で時間が取れないのを承知の上でアヴァンツァーレで選手と監督の両方をやろうと思ったのも、岩田さんが教師を続けながらFリーグに挑戦したことを思い出したということもあります。

「岩田さんは自分よりも桁違いにきつい状況で1年間頑張ってたんだからこの程度で下向くな」と、自分に言い聞かせていました。

一緒のチームでプレーしたわけでもないし、対戦したわけでもない。たぶん昔やってたファイルのクリニックで一回だけ一緒に蹴ったのと、小学校の校庭でちょっとサッカーしたくらい。

それでも、自分の中では1番のフットサルの師匠です。

アヴァンツァーレで競技に復帰してから、いつかガチンコで対戦したいと思っていたけど、ちょっと間に合わなかったなー。

でも2013-2014シーズンは、久しぶりにたくさんファイルの試合を見れて、岩田さんのプレーもたくさん見ることが出来て良かったです。

さすがに昔のようなキレはなくなったけど、ファイルらしさみたいなところは昔よりも強くなってるような気がしました。

対戦する夢は叶わなかったけど、今改めてフットサルと向き合おうとしている中で、いつかファイルと同じピッチに、どんな形でもいいから立ちたいと思いました。

2月23日の地域CL決勝トーナメントが最後の公式戦になるようなので、応援に行きたかったんですがスケジュールが合わなかったので、とにかく今思ったことを書きなぐってみました笑

まーちゃん、長い間お疲れ様でした。

ここまでフットサルが好きになれたのは、岩田雅人という存在がいたことが間違いなく大きな要因になっています。

ほんとに人生変わりました。

ありがとうございました。

もらったユニフォームは宝物です。


あと、良かったら暇な時にアヴァンツァーレに蹴りに来てください笑

コーチ枠も空いてますから笑


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